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種をまく

by Natsuki  2011 年 5 月 6 日 – 11:18  category NEWS

突然ですが、最近、わたしは、朝、起きたときにラジオ体操をしています。
朝起きて、ああ、体が重いなあと感じて、すぐにできる運動がラジオ体操なんです。

ラジオ体操の動きと順序は体が覚えてます。
それは,間違いなく中学校の体育のY先生のおかげと言えます。
Y先生の、あの大きい体とパーマのかかった黒いショートヘア
鋭い目と厳しい声は、今でもすぐ思い出せます。
Y先生の指導には妥協がなく
中学校に入学してから一ヶ月くらいはひたすらラジオ体操と行進をし続けました。
どの動きひとつとっても「体の先まで意識する!」「美しく!!」と言われ
手の伸ばし方や、視線の方向、次の動きへの準備など
「ラジオ体操の美学」体に叩き込まれました。

さらに,Y先生は、体育の指導に加え
身なりに非常にうるさい人で
わたしなどは,髪に整髪料をつけていったことで
丸々授業一時間分、みんなの前で説教をうけるはめになりました。
整髪料は,校則違反ということではありませんでしたが
Y先生は「寝癖は水でなおる!」が口癖でした。

授業の厳しさについては異論はなかったのですが
その身なりに対する指導に関しては
軍隊のようだと思って反発していました。
ただ、Y先生のおかげで私の体はラジオ体操をちゃんと覚えていて
こうして今でも気持ちよく一日を始めることが出来ています。
Y先生の言った通り、ちゃんと体の細部まで意識して動かすと、
実に体全体の調子がよいのです。
そして,ラジオ体操をし終えると、
Y先生に対する「感謝」の念が小さくじわっと湧いて来るのです。
今,思い返しても、Y先生がいい先生なのかと問われるとよくわかりません。
ただ、教え子に「卒業しても何か強烈に残るもの」授けてくれていいます。
当時は、反発を受けようとも。

こうした先生と教え子の、タイムラグを生じるコミュニケーションは
実は、あらゆる物事の関係においても同じことが言えるのかも知れません。
例えば、ある展覧会で作品を見た時
そのときは、作品の意図がよくわからなかったけど
あとになって思い返すと腑に落ちる、なんてことはよくあります。
それは映画とか,イベントとかにおいてもそう。
もしくは,親によく言われていた小言や,上司や先輩に受けた注意なんてのも。
後になって、じわじわ理解しはじめるんですね。
そして、若僧の私によくも,時間を割いて、貴重な言葉をかけてくれたもんだと、ありがたく感じるのです。

今すぐ、本質を理解してもらえなくても
何か、その人に,種を託せば
それが確かな種であれば、必ず、後で,花開く。
種をまく方としては、根気のいることですが。

映画を作ったり,作品を作ったり,言葉を投げかけたり,技術を教える人たちができるのは、よくも悪くも「投げかけ」だけなのかもしれません。
でもそれで、いいんだなあと思ったのでした。



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