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玄米を炊く運動神経

by Natsuki  2013 年 2 月 3 日 – 21:11  category 思ったこと考えたこと, 日々のつれづれ, 毎日の食事

やっと思うように、玄米が炊けました。 去年の11月頃 忙しさが落ち着いてきたこと 夫のお母さんに圧力鍋をゆずってもらったこと をきっかけに玄米を炊くようになりました。 鍋で炊くので、水を計る必要があるんだけど カップで計量するのが面倒なので 「体で」覚えるように訓練してきました。 「体で」っていうのは 米と水を適当に入れた鍋に 手のひらを、米の表面を押さえつけるように入れて 手のどのあたりに水位がくるかで 適切な水の量を決める ということです。 試行錯誤してきた結果 本日めでたく理想の水位が決まりました。 (右手の手の甲の脈が浮き出ているあたりがベストラインのようです。) そもそもは玄米の炊飯を簡単にしたいという思いで (うちの鍋で炊くのにちょうど良い)6合ごとに米を小分けにしておき その6合に合わせた水の量を自分の体の感覚で覚えることにしました。 私にとっては、こうやって体で覚えるというのがやっぱりあってるなと思います。 「体の感覚で計る」ということは、以前、少しだけお世話になったカフェの親方(カフェで親方というのもどうかと思うけどそういう言葉がぴったりの人でした)に教えてもらったことです。 「お米を炊くときは、ちゃんと計量した水を入れた後、必ず自分の手を入れて確かめなさい。」 その他にも、自分のこぶしの大きさとか、親指の第一関節までの大きさとかが、計量の基準にできると教わりました。 不思議とこの親方に言われた言葉は、時折思い出します。 料理をするときの理想は、できることならレシピを見ない。 それを自分の体の感覚で再現できるようになれればいいなといつも思います。 それは一種の「運動」みたいなものかなと思ったりします。    

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藝大の卒・修了展ー美術作品を見ることについて

by Natsuki  2013 年 1 月 29 日 – 22:46  category 思ったこと考えたこと

東京藝術大学の卒業・修了展にいってきました。 藝大の卒業・修了展に来るのは二回目です。 今回は、牧田愛ちゃんの修了作品を見に行くのが目的でした。 愛ちゃんは、ご近所に住む藝大生です。 今回の修了展に合わせて、愛ちゃんの代表作をおさめたリーフレットをデザインさせてもらいました。 愛ちゃんの作品は、画像だけでもその迫力が充分伝わってきます。 その力強さに私はデザイン作業しながらすこし涙が出そうになりました。 これだけ絵に力があると、デザインがやることは至ってシンプルでした。 愛ちゃんのこれまでの作品、ちょっと紹介。 ↑上 わたしが好きな作品「laugh」。バイクのエンジンを左右対称で描いているのだけど本当に笑っているように見える。 ↑下 今回のリーフレットの表紙に使った「Arrival freeway」。表紙にぴったりでした。 さて卒業・修了展。 愛ちゃんは、この日いなかったので会えませんでしたが、初・ナマ作品を鑑賞してきました。 これまでの作品より、すごく緻密な感じがしました。 (写真とっちゃいけないかなあと思って撮りませんでした…泣。) 他の卒業・修了生の作品も、駆け足でザザーっと、時間の限り見て回りました。 藝大にはデザイン科もあるので 「美術」の中に「デザイン」 も並んでいました。 デザインは(一応)専門なのと 問題意識やデザイン的な解決方法を見て ある程度、良し悪しを自分の中で決められるのですが 「美術」作品についてはなかなか難しいなあと思います。 私自身、美術の動向や歴史にそんなに明るいわけではないので それぞれの作品を客観的に評価することはできません。 ただ、作品の前に立って、いいな、とか、なんか好きだなとか、気持ち悪いな、とか ごく主観的な感想を持つだけです。 今回の展覧会でも、いくつか自分の感覚にぱさっと引っかかる「美術」がありました。 ただ、でもそれは、その作品をいい!と評価するというより あくまで「ああ、私はこういうものが好きなんだ。こういうテーマやモチーフに反応するんだ。」という、 自己確認の作業をしているような気がしました。 作品を通じて自分を観察していると言うか。 (でも、それって作品を見ているようで見てなくて、自分を見てるってことなのかなー) そう言えば、会田誠さんの森美の展示に抗議文が出されているとか。 美術の見方って、議論できることがたくさんありそうです。   <おまけ> 今回の駆け足鑑賞の中でいいなあと思った方のサイト。 写真の作品でした。 金瑞姫さん http://www.kin-xx.com/indexhibitv070e/ 展示でみたのは、身体の写真だったけれど 会場におかれていた作品集の中にあった「light」というシリーズがなんかぐっときました。 すごく普通の部屋の写真ですが、かっこよかったです。

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2011.2.21 鶏と食卓

by Natsuki  2011 年 3 月 4 日 – 01:53  category 思ったこと考えたこと, 日々のつれづれ

この日は、東金駅に9時集合。 久しぶりの早起き。 お米や野菜の宅配をしてもらっている「あいよ農場」さんの志野さんから 「うちで鶏をしめるので、見に来ますか?」 と誘われ、滅多にない機会なので参加させてもらうことにしました。 鶏をしめる、つまり屠殺です。 まずは志野さんがレクチャーしてくれました。 その後、一人一人、やっていったのですが 結局のところ、わたしは、鶏の首に刃を向けることは出来ませんでした。 見ているだけで精一杯でした。 ただ、鶏の毛をとり、 さばいていくにつれ 自分の中で、生き物が食べ物に変わるのを感じました。 午前中に、作業を終え お昼は、志野さんの奥様、ナツコさんによる「あいよ食堂」のごはんです。 この日一緒に参加していた大学生さんたち (農業体験や農家さんの販売支援をしている学生サークル「わかもの農援隊のメンバーが中心です) と食卓を囲みました。 野菜がたっぷりのカレー、うまい! お昼の後は、あいよ農場の畑や、近くの土肥さんの農場を見学させてもらいました。 土肥さんのセロリは、わたしも頂いたことがありますが とてもおいしいセロリです。 土肥家のご長男、豊さんはこの日の夜、フラメンコのレッスンがあるんだと言っていました。 踊っているときの写真を見せてもらいましたが、じつにかっこいい! 農作業姿とは、また違う凛々しさでした。 歩いてまわる道すがら、志野さんが 「最近は、農家の人たちが、夜に集まってオカリナ教室をひらいている」 という話をしてくれました。 「農家は、日が落ちるとあきらめるしかないから」 という言葉が印象的。 太陽のリズムの生活。 さて、畑見学の後は、さばいた鶏を調理しました。 胸肉、もも肉、ささみ、レバー、ハツ、鶏ガラ… すべて活用しました。 わたしは、鶏ガラで鶏粥をつくることに。 まわりの若い農家さん達も一緒に夕飯です。 あいよ農場で研修中の艶子さん作の鶏団子は非常においしかったです。 大学生のみんなも、さすが食に興味がある子たちだけあって 非常に手際よく、感心しきり。 私担当の鶏粥ですが…、どうにもうまく出汁がでず、あっさり味となってしまいました…。 うまくやれなくて、ごめんね、鶏さん。 実は、ここにくる前、 ダンナさんに「鶏の屠殺を見に行く」といったら 「見に行くというのは『見せ物を見る』みたいで抵抗がある」 と言われました。 そのときは、確かにそうかもなあと思ったけれど 結果として、参加して良かったです。 普段は食べ物としての鶏しか見ていないのだから。 食卓に運ばれるまでの過程をこの一日で体験できました。 朝9時から夜9時まで 東金でみっちり詰まった時間を過ごしたのでした。

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トマトの伝達力

by Natsuki  2009 年 12 月 16 日 – 11:56  category 思ったこと考えたこと

昨日、スパイラルであったThonikのトークイベントに行ってきました。 Thonikとは、ThomasさんとNikkiさんがはじめた、オランダのグラフィックデザインスタジオで現在、スパイラルの25周年プロモーションの一連のアートディレクションをやっています。 ユトレヒト美術館やボイマンス美術館のADとか、ヴェネチアビエンナーレ建築展等のVI、オランダ社会党の選挙キャンペーンなどの仕事を紹介してもらいました。 共通しているのは、できるだけシンプルなグラフィックを、しつこいくらいに繰り返し使って、プロダクトにも空間にも展開していくやり方です。一つのロゴがいろんなところに出現するので、訴求力が高い。 (ヴイエンナーレのVIとかはいい例) 中でも、社会党の選挙キャンペーンの話が特に面白かったな。 トマトはもともと、「ひとに向けて投げつけられるもの」として抵抗勢力の象徴で社会党のシンボルにも使われていたようです。 周りにしずくが飛び散ったりしていた過激なトマトマークを肯定的に捉えられるように、リデザインして、一連のキャンペーングッズを制作。 さらに、トマトスープのレシピ制作を著名な料理研究家に依頼して、党首自ら町中で配って歩くというイベントを打ったそうです。 トマトをスープにして食べてもらうことで、党のあたたかさを表現したかったんだと言っていました。 ロゴマークが視覚を飛び越えて、胃袋に訴える、そんな展開もあるのかと驚きました。 お腹の中で感じるスープのメディア力はかなり強力だったろうなあ。 「ロゴマークはコミュニケーションが始まるシンボルです」っていうThomasさんの台詞が、すっと腑に落ちました。 ちなみに社会党はThonikによるキャンペーンの後、見事議席数を大幅に増やしたようです。 スパイラルで、今月29日まで展示もやっています。 他の仕事も色々。 良ければ是非。 http://www.spiral.co.jp/e_schedule/2009/12/thonik-exhibition-en.html

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物言うからだ

by Natsuki  2009 年 12 月 3 日 – 12:51  category 思ったこと考えたこと, 紹介

「パリオペラ座のすべて」を見に行きました。 http://www.paris-opera.jp/ 世界最古のバレエ団、パリオペラ座のドキュメンタリー映画です。 ダンサーの練習風景、ゲネプロ、衣装のお仕事、オペラ座の建物、屋上の養蜂場…などが淡々とつながれた160分。 起伏のない内容だけど、ダンサーの体の動きは、みてて飽きない。 振付家のちょっとしたアドバイスもすぐに反映できる、体の隅々まで神経が通っている体。 そこまでになるためには、どれだけ体を鍛えているんだろうかな。 言葉でないもの(体、動き)で、何かを伝えようとする気迫に、影響されました。 映画館から出たときは、いつもより背筋を気にして歩いてみたり。

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回想と洋食

by Natsuki  2009 年 10 月 28 日 – 09:42  category 思ったこと考えたこと, 日々のつれづれ

昨晩は、同期・ヒデミンと先輩・亀さんと新宿で、ゆったりと飲んできました。 気になっていた、イーグルというお店です。 働きにいかなくなったけど、こうして会社の人たちとはちょくちょく会っています。 中にいたころは、彼らをすごいなあとか素敵だなあと思う分だけ それが自分へのコンプレックスとして跳ね返ってきたので、 素直に「すごい!」とか「素敵だ!」と思いづらいところがありました。 組織を外れて二人に会った昨日は、それぞれの仕事の話やプライベートの話、今までカットアウトされていたであろう細かい仕草とかも、自然にすっと自分の中に受け入れられる感じがして、その感覚が気持ちいいなあと、勝手に思っていました。 さて、今朝の朝食は、作り始めて初の、洋食でした。 普段と違うものを違う手順でつくったせいか だいぶ時間がかかってしまいました。 野菜の搾取スープと、人参サラダと、焼きソーセージ、パン、カフェオレ これで、1時間くらいです。 今日のスープは、あくせくして写真とりませんでした。 なのでとりあえず、この間つくったスープの写真(笑)。

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退職者のブレックファースト

by Natsuki  2009 年 10 月 19 日 – 18:04  category 思ったこと考えたこと, 日々のつれづれ

11月10日付けで、今の会社を退社することとなりました。 退職の経緯は、おってまた,個々お会いしたときにゆっくり話します。 というわけで、今月の初めから、有給消化の日々が続いています。 もう今日で3週間近くたちましたが、 「一日は、仕事がなくとも、案外あっという間に過ぎてゆくものだ」と感じます。 休み始めて1週間くらいしてから、そうやって淡々と過ぎていく時間に対して ちょっとした焦りを感じて、これからの毎日をどう過ごせばよいかと、やや不安になりました。 そこで、相方Mさんに相談したところ、 「ひとつでもいいから、毎日何かを続けてみたらいいんじゃないか」 という提案があって、わたしも「それいいかも」と思い、 その日帰ってから、母に「明日から毎日朝食を作らせてほしい」 と頼みました。 母としても、働いていない娘が、毎日早起きする理由が出来たのが良いと思ったようで、 二つ返事でOKとなりました。 そんな経緯で、毎朝、6時に起床し、父と母と私、3人分の朝食を作る ということが、仕事に変わる日課となりました。 ※注 会社に行くときより、早起き。 うちの朝食は基本的に、お米食なので、みそ汁を毎朝用意しています。 前の晩に、鍋に水と煮干しを放り込んで出しをとっておきます。 作り始めて2日目に作った卵焼きが、母に好評だったため、以後、毎日作っています。 ただ、火加減が、安定せず、未だこれだ!という出来にはいたっていません。 毎朝、冷蔵庫を開けて、 何をみそ汁の具にするか 昨日の晩ご飯の残りが、あるときは、それに合わせて、どういうものを作るか 痛みかけている野菜を、どう使い終えるか なんてことを考えていると、これは以外と、創造的な行為だなあと感じます。 4年前に会社勤めを始めて以降、3人揃って朝食をとるということが ほとんどなかったので、今更ながら気づくことがあります。 いつの間にか、父も母も、茶碗の半分くらいしか、ご飯を食べなくなっていて 私が二人のご飯をよそうのだけども、これくらいかなと思って眺めると なんだかさみしい量に見えるので、少し足して渡すと 「もうちょっと減らして」と返されます。 わかってはいるもののついつい、多めによそってしまうらしく、 ついでは返されるのやりとりが何日か続きました。 朝食を作り始めてから10日目の今日、やっと、ちゃんとした写真がとれました。 なんとはない普段の食事を、わざわざ写真におさめているのを 見られるのが恥ずかしく、これまで撮れずにいました。 今朝は、母が朝のシャワーを浴びているすきに撮りました。 「うまくできたから、撮る」 というわけではなくて、 「毎日続けているものの記録として撮る」 ところがポイントです笑。 今朝は、小ネギ入りの卵焼き、ほうれん草としめじの和え物、お味噌汁(豆腐、こねぎ、しめじ)。 今日は、母が奮発して買った、かなりいい卵を使ったせいか、卵焼きが甘く感じました。 和え物に使ったほうれん草は、葉がしっかりしていて、ゆでてもへたらない、根性あるやつでした。 今後、すきをみては、写真をとり、朝ご飯記録を出来たらいいと思います。

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by Natsuki  2009 年 3 月 18 日 – 14:46  category 思ったこと考えたこと, 紹介

大学の後輩で、なかなかの食通がいます。 ほぼ毎日外食で、さすがに粋で美味しいお店をたくさん知っているのだけど 最近、彼は「質の転換をはかりたい」なんてことを言っていました。 私なりに、解釈すると 「高いお金を出せば、その分美味しいものは食べられるけれど、それでは経済的にも、続かない。できることなら、お金をかけずに豊かな気分になれる食事に切り替えたい。」 というとこでしょうか。 わたしは、野外の食事が好きなのですが、苦しい思いをしてたどり着いた山頂で食べたサンドウィッチ(リュックサックの中でつ ぶれててお世辞にも美味しそうには見えなかった)とか火起こしから初めて1時間かけてつくったカレーとか、高いお金を出さずとも涙が出るほど「うまい!」 と感じた食事はいくつもあるなあと思います。 それは、「食べる前までの時間」が豊かだったからでしょうか。 最近、レシピ本を買いました。 「野菜のお菓子のレシピブック」 渡部 和泉 著 サブタイトルには「やっとみつけた素直なおいしさ」とあります。 レシピをちょこっと抜粋すると 「れんこんとイチジクのタルト、ごぼうの黒糖ケーキ、グリーンピースのプリン…etc」 こういう名前聞くとなんかどきどきします。 冷蔵庫をあけたらある材料で、つくれてしまって、作り立てをほおばれます。 シチューを作ったのこりのにんじんで、翌朝、スコーンをつくっちゃうとか、なんとなく幸せだなあと思います。 後輩の話を聞いていていて、このレシピ本を見て私が感じる幸福感と彼の言うお金をかけない豊かさってのはつながるところがあるのかと思いました。 極上の味でなくても、その場や時間が楽しくなる そんな風なお菓子を作れたらいいと思ったりしました。 ↓早速「アボガドとベーコンのマフィン」を作ってみました。