Natsuki Mio » Blog Archive » 筋肉インターフェース
Natsuki

筋肉インターフェース

by Natsuki  2013 年 2 月 17 日 – 18:17  category 思ったこと考えたこと



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「玄米を炊く」という作業を体で覚えたい』
ということを、前回書きました。
その「体で覚える」という一連の過程は
科学的に解明されているのかなあと
ふと思ってググってみました。
そしたら、ズバリな記事がヒットしました。
数年前のWEB版「R25」の記事です。

頭じゃなくて「体で覚える」のメカニズムが知りたい!

この記事に登場する、東京都神経科学総合研究所の石塚典生医学博士の言葉を引用すると…

「例えば、自転車に乗ろうとするとき
『自転車に乗るには、まずペダルに足をかけて』と考える。
こういった段取り的なものは、『陳述記憶』と呼ばれる記憶で、
脳でいうと大脳皮質連合野というところを使っています。
これらの段取り的な動作はやがて
『筋肉が引っ張られた』とか、『どれだけ力が入った』という筋肉の情報として
小脳で制御されるようになり、意識せずとも自然に反応するようになります。
つまり、コツやスキルとして体が覚えていく。
この小脳と、大脳基底核という大脳に含まれる構造物が連合して、 運動性記憶を作っています」

言葉で覚えたことが、筋肉の記憶として脳に記憶されることが
すなわち「体で覚える=運動性記憶」ってことでしょうか。

「運動性記憶」っていう言葉は
わたしにとってはなんかすごくしっくりきます。
というのも
偏差値的な見方でいうと、わたしの学業成績のピークは中学生時代で
その当時の勉強方法はひたすら「声に出す」「書く」を繰り返すというものだったからです。

漢字は裏紙に書いて書いて、手が自然に動くまで覚える。
(うちは父親が教職なため、裏紙をたくさん持って帰ってきてもらいました。)

歴史の暗記は、当時流行っていた(今もある?)赤い透明シートをかぶせると文字が消えるという緑ペンで
キーワードをマーカーしまくり、それをひたすら読み上げる。
テレビのナレーターのごとく滑らかに歴史を語れるまで。

いわゆる「暗記もの」ではない数学も
証明の文章がすらすらとかけるまで書いていました。

こんな風に、私の試験勉強は声が枯れ、腕が疲れる「運動」でもありました。
あらゆる知識を、体になじませるような、まさに「運動性記憶」。
この勉強方法が、自分にはあっていたようで
中学時代の試験の点数はよい方だったけれど
それから10数年経った今でも
私は(私の体は)、「運動性記憶」を嗜好しているんだな。

わたしの、情報インターフェースは「筋肉」みたいです。
やっぱり運動しなくては。
しなやかにしておかなくては。
情報感度が鈍っちゃうね。

Post a Comment