Natsuki Mio
Natsuki

子の背中

by Natsuki  2016 年 8 月 30 日 – 12:09  category BLOG, 思ったこと考えたこと, 日々のつれづれ

娘があっという間に生後6ヶ月を過ぎた。
この半年の間、寝返りにはじまり、ずり這い、おすわりと
誰に教わるでもなく着々と体を鍛えている(というつもりは、本人にないだろうけど)。
その姿は0歳児とはいえたくましいなあと感心するばかりです。
興味の赴くままに移動したり目線を変えられるようになって、ぐっと世界が広がっているんだろうな。

そうやって自分で動けるようになってきて
ふと、娘の背中を見る機会が増えたなと思った。
ずり這いで進んでいるとき、おすわりしておもちゃで遊んでるとき。
すごく小さい背中なんだけど、眺めていると
「あ、ひとりの人間なんだな」と思えてくる。

「背中を見せる」ということは、
それだけ筋力がついてきた、という身体の成長でもあるし
たとえ一瞬だとしても「こちら(親)」ではなく「あちら(外)」に興味が向いているので
自我の現れる兆し、とも言えるのかな。
やはり、本人にそのつもりはないだろうけど。

これからどんどん背中を向けられることが多くなるんだろうなあ。
寂しいような誇らしいような。

背中は、親が子に見せるもんだというイメージだったけど
子の背中を見て感じ入ることもあるのだな、という発見でした。

Natsuki

meet the ミート

by Natsuki  2016 年 6 月 10 日 – 16:55  category 日々のつれづれ

うちから歩いて1分ほどの近さに肉屋さんがある。
あることは知っていたけど
引っ越してから1年ちょっと経った今まで
行ったことがなかった。


ところが、1、2週間前にベビーカーに娘を乗せて
その肉屋さんの前を偶然通ったとき
数人の主婦の方々が立て続けにその店に入っていったのを見て
これは、と思った。
「このお店は近隣住民に支持されているにちがいない…。」


それからというもの、その肉屋さんに行く機会をうかがっていて
(めちゃくちゃ近いけれども、0歳児がいるとなかなか行けない。)
今日、これは、というタイミングがやってきた。

入店すると、店のご主人と思われる、40〜50代の男性が店番をしていた。
ひき肉を買おうとするも、ショーケースには値札しかなく
尋ねてみると、ありますよ、とのことで
奥の冷蔵庫とかから出してきてくれるのかなと思ったら
その場で、肉を薄切りにしたのち、ミンチにしてくれた。
なんと、挽きたてとは。
もしかしたら、昔はこういう、「注文後に挽く」というスタイルは当たり前だったのかな?
でも、すでに挽かれてパックされたお肉に慣れてる身としては、
初めての体験で、嬉しい。少し待つけれど、待つのも含めて、嬉しい、と思った。


その「待ち」の間に、「暑いですね」「そうですね」というやりとりをして
普通の世間話といえばそうなんだけれど
切り出すタイミングとか声の感じが自然だったので思わず気持ちがゆるんだ。
さらに、パッと目をあげたら
警察からの感謝状が、額に入れられて飾ってあって
読んでみると、どうやらご主人(ではない、別のお店の方かもしれないけど)は、振り込め詐欺を未然に防止したらしい。
ご主人(じゃないかもしれないけど)が、年配のお客さんを相手に、「それはもしかして詐欺ではないですか?」とやさしく諭す姿を想像して
肉を挽いてもらっている数分の間に、私のなかでのご主人の好感度は、勝手に鰻上り(肉屋さんだけど)となったのでした。

肝心のお肉のお味については、本日これから調理するのでまた今度、ですが
こんな始まりなので、ちょっと上乗せされて旨く感じられてしまうかもしれないです。















Natsuki

しゃべる、呼吸する

by Natsuki  2015 年 11 月 12 日 – 21:35  category BLOG, 思ったこと考えたこと, 日々のつれづれ

昨日、仕事でお世話になっている、ある企業のマーケティング部署の方々から
夫と共にインタビューを受けた。
インタビューといっても、大げさなものではなくざっくばらんに雑談する感じですが。
話した内容は「千葉で働き、暮らすことになったきっかけ」とか
「今千葉で暮らして思っていること」、「この地域の人やお店やムーブメントについて」などなど。

2時間ほどいろんなことを喋った。
夫はこのトピックについては、水を得た魚のようによくしゃべるので
振り返れば私は自然と控えめになってたけど笑、それでもしゃべった。
質問をされたり、会話をしていくことで
言語化されてなかった部分がするするとアウトプットされていく様が
自分でも楽しかった。

話していて、ひとつ気づいたのは
自分たちは、都度、そのときの時代の空気、社会環境やムーブメントに少なからず影響を受けてきたんだということ。
例えば、千葉で働いて、千葉に住む、ということを決めたころは
東京R不動産がすでに広く認知されていて、空きオフィスが多かった馬喰町がイケてる街に様変わりしていたときだった。
こうした背景が、自分たちの選択を後押ししてくれたのは間違いない。

そのほかにも通っていた大学の立地やカリキュラム、同級生といった人間環境
ネットの普及とネット環境の整備といった社会環境
自分では、コントロール仕切れないものと呼応してきて、今の自分たちがあるんだと思った。
無意識でも、その都度、ちゃんとそのときの空気で呼吸してきたんだということを自覚したのでした。

よい時間でした。

Natsuki

【One drop of life】 結婚式のペーパーアイテムをデザインしました

by Natsuki  2015 年 10 月 20 日 – 00:28  category graphic, WORKS

9月6日に軽井沢で行われた結婚式のペーパーアイテムをデザインさせてもらいました。
はじめてお話をもらったのが、去年の11月だったので 式・披露宴の当日までにお二人とはかれこれ10ヶ月のお付き合いとなりました。
この結婚式には「川」というテーマがありました。 お二人が大切にされている方々、ひとりひとりが集まって にぎやかで楽しくてゆったりとした川の流れができていく そんなイメージで、オリジナルの川のパターンをデザインして ペーパーアイテムをつくっていきました。
Save the date 今回はじめて知ったのだけどパーティの告知をかねておくるカードをSave the dateと呼ぶらしいです。

1savethedate


招待状セット

2invitaiton1


招待状中身

2invitation2


当日パンフレット(メニュー表+席次表+プロフィール&ゲスト紹介)

3pamphlet1

4pamphlet3

4pamphlet4


席札

5sekuhuda


引き出物を個別に選んだり、参列者全員(と裏方のスタッフまで)に手作りのロゼッタをつくったり とにかくお二人の「大切な親類や友人を思い切りもてなすんだ」 という心意気は本当にすごかったです。 ペーパーアイテムもトレペで封筒をつくったり…一枚一枚穴あけしたり…切ったりはったり… 印刷所からとどいたものにさらに加工を施すような結構手間のかかる提案をしたのですが 前向きに受け入れてくれてやり抜いていただきました。   結婚式当日、嬉しいことに、装飾のお仕事をしがてらパーティにもご招待頂くことになりました。 装飾というのはこれ↓ 通称「川の年表」の組み上げでした。


IMG_1262


招待状に同封してゲストにお送りした写真台紙に 新郎、新婦どちらかと一緒に映った写真をはって当日持参してもらい展示しました。 (お二人ともカメラマンというのもあって。) それぞれの台紙をつなげ合わせると テーマカラーのなな目ストライプ柄が出るようにしていて 裏はこんな感じで写真が一覧できるようになっています。

SONY DSC

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支柱も当日会場で組んで、ぶつけ本番なところもあったので かなりヒヤヒヤしたのですが何とかなって良かった…。 慣れないながらロープワークを駆使しました。(Wo-unとのアウトドア仕事のおかげかな。)

結婚式は、どんなに大変でも、やっぱり最後はハッピーエンドで、それが何より嬉しいところです。 祐記さん、あずささん、本当におめでとうございます。 末永くお幸せに。これからもよろしくお願いします。
SONY DSC

Natsuki

Input & Output

by Natsuki  2015 年 10 月 13 日 – 20:26  category 日々のつれづれ

妊娠5ヶ月目を過ぎて、辛かったつわりもようやく終わりを告げた。
食べ好きとしては、ご飯がおいしくいただけるようになって嬉しいと思ったら
今度は違う困りごとがやってきた。
それは、ずばり「便秘」である。

これまで、有り難いことに便秘に悩まされたことがなく
対策方法がよくわからない。
とりあえず、ググッてみると

・繊維質の食事をとる
・水をたくさん飲む(朝一は特に効果的)
・ヨーグルトをとる
・オリゴ糖をとる

などなど。
なんとなく効きそう。
早速あれやこれやと試しに摂ってみた。
ただ、悪化はしないけれどさほどの効果も感じない。
改めて検索したり、考えてみたりした結果、

「腸を休ませる」

という、これまでの、何かを「摂取」せねば!
という強迫観念とは一転した策に辿り着いた。

・控えめの朝食
・サラーッとした消化によいものをとる
・食べ過ぎない
・とにかくよく噛む

ということを試してみた結果、これが効果てきめんだった。
押してダメなら引いてみろとはまさにこの事。
仮説と検証が的中した快感を感じた。(もちろん「出た」ことも快感)

ちなみに、妊娠期間中、何かと摂取を激推しされる青菜類も
柔らかく蒸して出汁と一緒にミキサーに入れてスープにしてとったら
かなりお通じに効きました。

食べることは大好きだけれど、インプット続きでは体がきつい。
インとアウトは1セットで気持ちが良いのだということを痛感したわけです。
学習も座学と演習がワンセットだったり、日々の生活も人からの影響ばかりではつまらないものです。万事がイン&アウト。便秘を通じて真理を得た気分です。

Natsuki

しずかのおしえ

by Natsuki  2015 年 9 月 13 日 – 21:01  category 思ったこと考えたこと, 日々のつれづれ

20150913

「普段は全然忘れているのに、なぜかある瞬間にふと思い出して、なんでこんなこと長年覚えているんだろう」って思う話、その一つ。

昔、お小遣いをもらって、小学館の雑誌、「小学○年生」を買っていたのだけど
あるときその付録に「おまじないブック」みたいなものがついていました。
当時小学生女子の間で、おまじないというのは、絶大な人気と地位があり
女子同士のコミュニケーションツールのようになっていました。
このおまじないブックは、そのおまじない人気とアイドル人気を掛け合わせて
「アイドルたちがお勧めするおまじない」がまとめられたものでした。
当時、活躍中のアイドルが、本当か嘘か、さも普段から実践しているかのように
「このおまじない、効果があるからやってみて!」風な文章で紹介していました。
その中でも、なぜか私がこの年まで覚えているのが
工藤静香がお勧めしていたおまじないで
それが、

「洗濯物を正座してゆっくりたたむと心が落ち着くよ!」

というようなものでした。
割と従順であった小学生の時分でも
「これおまじないじゃなくない?」
と、静香に突っ込んだのを覚えています。

さらに、「アイドル」のイメージと「洗濯物をたたむ」という日常的で地味な姿があまりにかけ離れていて
おそらくは、ほとんどのおまじないがアイドルとは無関係に紹介されているであろう中で
これだけは、絶対にやっていないな、と思っていました。

ただ、一番信じてなかったおまじないの割りに、強くそう感じただけあって
取り込んで山積みになった洗濯物を前にすると
ふと、この静香のおまじない(?)を思い出します。
で、正座はしないまでも、丁寧にたたんでみようかなとか思ったりして
数十年の時を越えて、実践しちゃっている自分。
おまじないというより、小学生にはちょっと早すぎた生活の知恵的なものだったのかな。
人生めぐりめぐって何が教えになるか、わからないなと思いました。

Natsuki

ユミとクラス

by Natsuki  2014 年 4 月 4 日 – 00:10  category NEWS

昨晩、西千葉の「呼吸」で
「歴史の神様」に出会った。

神様は、千葉市在住で
縦横無尽に歴史トークを繰り広げ
どんなお題であろうと
その歴史をさかのぼって解説してくれる。
人間タイムマシーンみたいな方だった。
わたしは、終始感動しきりだったのだけど
中でも、特にひっかかった話があった。

「級長(きゅうちょう)」という言葉がある。
今ではあまり使う機会はないけれど
一応意味はわかる。
文字通り、
「級(クラス)の長(リーダー)」。

けれど、これは明治になって
学校制度が確立してからあてられた漢字で
それまでは「弓長」だったんだそうだ。

「歴史の神様」いわく、
日本における弓矢の使用は
狩猟時代にまでさかのぼれるし
「的を射る」というアクションも
豊作を占うのに利用されたり、武芸(流鏑馬とか)に発展したりと
文化的な側面で重要な意味合いがあるのだそうだ。
だから「弓を上手に使って、的に矢を的中させられる」という技術を持つ人が
リーダーとして認められてきたということらしい。

「弓長」という言葉がリーダーとしての能力をかなり具体的に規定しているのに比べて
「級長」はずいぶん漠然としている。
というか、位を示すのみで、その中身については何も言及していない。
「弓長」が「級長」に変わっただけで、
リーダー像は曖昧になったとも言えるし、定義フリーになったとも言える。
別に秀でるものが弓矢じゃなくたって、学問でも、人柄でもよくなった。
急にふわっとし始める。
これが新しい考え方なのか、実は混乱することなのか。

同じようなことは、現在でも進行形で起きている気がする。
おもしろいなあと思いながら
「歴史」と思って聞いていた話が急にライブ感を持ち始めて、ちょっとぞくっとした。

Natsuki

高山なおみさんの料理ショー

by Natsuki  2014 年 3 月 10 日 – 01:38  category BLOG, 思ったこと考えたこと

高山なおみさんの「料理ショー」@キチムに行ってきました。

高山さんの料理本はよく見て作るし
「料理する」姿勢的なものとかも
かなり影響を受けている。
細く長く憧れの人です。

今回の料理ショーのメニューは、ロールキャベツ。
「教室」ではなく「ショー」なので
わたしたちは高山さんが料理するのを見ている。
ロールキャベツをコトコト煮込んでいる間は
立花文穂さん(高山さんの新刊料理本のADを務めている)のつくったショートムービを鑑賞したり。そして、最後にじっくりと煮込まれたロールキャベツを頂きました。

高山さんのロールキャベツ作りは
おおらかに、のんびりと、材料や火加減と対話する感じで進んでって
もう、食べる前からなんとなくわかる。
で、口に入れると
ああ、やっぱり美味しいな、と。

翻って、わたしの最近の「料理」はというと
なかなか、そんなゆとりがなく。
面倒だなあと思いがちです。
でもね、そりゃ、わたしだって時間があれば
キャベツをゆがいて丁寧に1枚1枚はいで
お肉つつんで1時間コトコト煮込みたい。
そうです。仕事に追われて「ああ料理は面倒」と思いながらも
同時に料理がじっくり出来ないことがストレスであったりもする。
多分、わたしの中で、「料理する」というのは
「仕事する」とか「遊ぶ」とか「寝る」みたいに
それがないとバランスを欠いてしまうようなものなのかなあと
高山さんのショーを見ながら
ぼんやり再確認したりしていました。

さて、実はショーの最後にとてもステキなサプライズがありました。
なんとたまたま会場に、ハナレグミの永積タカシさんがやってきて
即興でライブしてくれちゃって。
ロールキャベツ食べながら、ハナレグミの染みる歌。
本当に豪華な夜でした。

今回のイベントは友達のなべちゃんが
知らぬ間に私の分まで応募してくれたおかげで参加することができました。
仕事がきつかったので参加するかどうかもちょっと悩んだけれど
行くって返事してよかった、それで実際に行けてよかった。
直感よ、ありがとう。仕事がんばった体よ、ありがとう。なべちゃんありがとう。
すてきな日曜日でした。

Natsuki

方言☆アイ

by Natsuki  2014 年 1 月 30 日 – 19:45  category 思ったこと考えたこと

昔から「方言」に憧れがあります。
東京生まれ東京育ち(ヒップホップでは育ってない)の標準語圏民としては
方言でのやり取りなんてたまらなくうらやましいと思うのです。

方言全般、興味がありますが
「関西弁」は
(といっても各地方によって細分化されるらしいですが)
小さいころから耳なじみがあって
やっぱり好きな方言です。

父の出身が大阪だったので
小さいころ祖母の家に帰省するたびに
隣に住んでいた女の子のしゃべり方をこっそり真似たりしてました。
縁あったか、ダンナさんも関西(神戸)なので
結果、関西弁の親戚がとても多くなりました。

大学に入ってからは
関西弁の友達の語尾が自然にうつりました。
自然に…というのは実はちょっと違って
「やっぱり聞こえ方がいいな」と思っていたから
真似しようという意識が働いていたかもしれません。
(わたしには関西弁でしゃべる女子が1.5倍くらいかわいく見えます。)

関西弁を「ひとつの言語や!」と主張する関西出身者の方がいたりします。
そこに特段異論はないけど
外の人間から見て英語やドイツ語といった「言語」と違うのは
たとえ学んで身に着けたところで堂々としゃべることができないことです。
東京出身者が「関西弁」を突然流暢にしゃべっても
まったくかわいくもおもしろくも聞こえないでしょ…。

関西弁は永遠の憧れどまりです。

Natsuki

方言アイ

by Natsuki  2014 年 1 月 30 日 – 19:43  category 思ったこと考えたこと

昔から「方言」に憧れがあります。
東京生まれ東京育ち(ヒップホップでは育ってない)の標準語圏民としては
方言でのやり取りなんてたまらなくうらやましいと思うのです。

方言全般、興味がありますが
「関西弁」は
(といっても各地方によって細分化されるらしいですが)
小さいころから耳なじみがあって
やっぱり好きな方言です。

父の出身が大阪だったので
小さいころ祖母の家に帰省するたびに
隣に住んでいた女の子のしゃべり方をこっそり真似たりしてました。
縁あったか、ダンナさんも関西(神戸)なので
結果、関西弁の親戚がとても多くなりました。

大学に入ってからは
関西弁の友達の語尾が自然にうつりました。
自然に…というのは実はちょっと違って
「やっぱり聞こえ方がいいな」と思っていたから
真似しようという意識が働いていたかもしれません。
(わたしには関西弁でしゃべる女子が1.5倍くらいかわいく見えます。)

関西弁を「ひとつの言語や!」と主張する関西出身者の方がいたりします。
そこに特段異論はないけど
外の人間から見て英語やドイツ語といった「言語」と違うのは
たとえ学んで身に着けたところで堂々としゃべることができないことです。
東京出身者が「関西弁」を突然流暢にしゃべっても
まったくかわいくもおもしろくも聞こえないでしょ…。

関西弁は永遠の憧れどまりです。